10月12日、釧路市交流プラザさいわいで埼玉大学名誉教授暉峻淑子先生氏を招いて釧路友の会創立70周年記念講演会を行いました。今年は友の会の創始者羽仁もと子さんが家計簿を創刊して100年の年にも当たります。暉峻先生は『社会とつながり 世界とつながる私の家計』をテーマに、「家計はよりよい世界作りにもつながる」と語られました。
暉峻さんはNGO国際市民ネットワークの代表でもあり、子育て、ドイツ留学など様々な体験を交えて、家計と経済の関係をお話されました。教育費については「日本の家計に教育費が占める割合は高い。しかし、それは良い学校、良い会社へと言う将来の安楽な生活を求めての投資だ。授業でのドイツと日本の学生の反応は全く違う。日本では自分で考え、自分で改革しようとする教育は重視されない。日本の教育費が膨らむと、それは子供を抑え、親の考えを押し付ける教育が進んでいることになっていないかが心配だ」と述べられました。
また、「経済の成功とは、作ったものが売れればそれでよいのではなく、その後、その生産されたものが役に立ったのかを考えねばならない」とし、例えば、家計の中の自動車関係費を考える時、「車や部品がどこで作られたかは家計簿には出てこないが、安い労働力を求めて雇用が海外へ流出していることも考え
ねばならない」と指摘、「輸入食品は安いが、日本農業を守るという視点での買い物があるのではないか」、「便利と安楽だけを求め、すべてお金で片付ける社会でよいのか」と220人の聴衆になげかけられました。
会員の感想から
先生は、まず「友の会は生活の価値を大切にしている」と言われました。友の会員のお母様から手作りの生活の心と技を受け継いでこられた中で、友の会の活動を深く理解されその意義を評価して下さっていることが分かり嬉しく思いました。そして、女性の経済学者として、生活感に根ざしたわかりやすいお話でした。家計簿のことでは、お金の出し入れを記帳することは、生活の事実の記録で、これは物事を考えていく上で大切な資料になるものだと言われました。私にとって、家計簿記帳が惰性になっていなかったか、もっと自覚を持って意識して記録しなければならないと気づかされました。
また、世の中の流れで「安楽と便利のイデオロギー」の伝染病にかかっていないかと問われ、はっとさせられました。先生自身は、テレビを置かず子供に読み聞かせをして豊かな親子の関わりを持ってきたことや、冷蔵庫を使わずナリュラル天気冷蔵庫を実践されてきた等、具体的に話されました。私的なものと思いがちな
家計簿の数字の背後に社会があることを忘れず、社会、世界で起きているさまざまな憂える現実にもっと敏感になって、日常の生活の中の小さな事から行動を起こし工夫を積み重ねてゆくことが社会へつながり、世界につながってゆく大事なステップなのだと思いました。
一方、子供の教育については、子供を育てることが単に親の都合でするのでなく、子供が言うことすることをいつも肯定的にとらえて心を通わせることが、子供にとってよい環境となって、豊かな生活経験につながり自己決定のできる自立した人間に育ってゆくことになるなど、示唆の多いお話でした。
最後に、「友の会は社会の中で一つの杭になるように」と言われ、これは 70周年を迎えた釧路友の会へのメッセージと思い励まされました。(K)
『ゆりかごを動かす手は世界を動かす』−これは私が高校生の時に耳にした言葉です。この講演会を通して思い起こされたのが、この言葉でした。国民が求めるものによって、国は変わる。すなわち私たち一人一人が何気なくしている生活が、国の将来像さえも変えていく。子どもを育てることはその子のみならず、将来の社会にまで影響を与えること。暉峻淑子先生は母として主婦として生活される中でも、その目線は常に世界へ向いています。目先のことだけでなく、その先にあるものを常に考えて生活することが求められるのです。家計を考える時にも社会のことも考えて、本当に必要なものを選び抜いていかなくてはならない、ひとりひとりがその意識を持つことが大切なのだということを学びました。
また、教育の話では、物事にいろいろな答えがあることを認め、子供を暖かく肯定的に捉えていくドイツに強く惹かれるものがありました。子供は親の管理下でない自由な遊びの中でだけ自己決定権が培われ、自立を果たす。だから親の都合で子育てをしてはいけない、という言葉も胸に響くものでした。物があふれ、お金さえ出せば欲しいものが手に入ることが当たり前というのが今の日本社会です。その中にあって子供に本当に必要なものは何か、本物、物事の本質を見ぬく目を育てることが大切です。それはすなわち親の生き方にも関わってくることを再認識しました。(O)